建築デザイナーインタビュー

中塚博之
インタビュアー:取締役 菊地弘樹

建築デザイナーになろうと思ったきっかけ

菊地
建築デザイナーになろうと思ったきっかけは何ですか?
中塚
小学校の図書館に、ヨーロッパの大聖堂建築の本があって、その圧倒的な空間に衝撃を受けてからですね。
菊地
小学生で、ヨーロッパの大聖堂建築の本を開いてみる、というのが既に小さな建築デザイナーですよね(笑)ちなみ中塚先生はどちらのご出身ですか?
中塚
静岡県の富士宮市です。とてものどかなところで、日々カエルを追いかけているような少年でした。その後、大学入学とともに建築デザイナーをこころざして関西に出てきました。
菊地
カエル・・なんだかわかるような気がします(笑)。中塚先生は弊社の工事部のスタッフと一緒に、サッカーを楽しんでらっしゃったりして、今でも少年の面影がありますね。

心に残っている建築

菊地
そんな中塚先生の、心に残っている建築といえばどういったものでしょうか?
中塚
その、小学生の時に本で見た、イタリアの『パンテオン』がいちばん心に残っていますね。実際にイタリアで見てきましたが、その重厚な迫力は圧巻でした。
菊地
やはり現地で現物を見ると全然違うのでしょうね。幼い日に受けた衝撃を、大人になってからその目で確かめにいらっしゃったわけですね。
中塚
そうですね、足を踏み入れた時は本当に感激しました。あとは、日本の建築家としてはとても有名な丹下健三さんの『東京カテドラル聖マリア大聖堂』もとても印象的でした。

得意とする建築

菊地
そんな中塚先生が、普段のお仕事で得意にされているのはどんな建築ですか?
中塚
シンプルな形状にすることで、構造や工法に頼らないプランを作るように心がけています。これまでの経験としては、木造住宅が7割を占めていて、ちょっと専門的な話になりますが、柱・梁など一本一本の耐力を検討する許容応力度計算も得意です。

心掛けている事

菊地
注文住宅の設計において、先生が心がけていらっしゃるのは、どんなことですか?
中塚
構造や機能性はもちろんですが、住まう方がふとした瞬間に、心地よさを感じたり、訪れた方が『あっ!』と思ってくれるようなサプライズを心がけています。また、建物への光の取り入れ方は、日々の暮らしの快適さに直結するので、特に心をくだいている部分でもありますね。

住宅設計で苦労する点

菊地
注文住宅の設計で、中塚先生が苦労されるのは、どのようなシーンですか?
中塚
苦労というのもちょっと違いますが・・お打ち合わせを進めるにつれて、お施主様のご要望が夢のように膨らんでいくことがあります。敷地の形状や法律・予算といった現実と折り合いをつけながらそのご要望を具現化していく過程は、プロとしての引き出しや柔軟性が問われる場面ですね。
菊地
確かに、お施主様とのコミュニケーションが円滑であればあるほど、ご要望がどんどん膨らんでいくことがありますよね。逆に言うと、お施主様がリラックスしていて、中塚先生を信頼なさっている証とも言えますね。

注文住宅を検討している人へのアドバイス

菊地
これから注文住宅を建てる方へのアドバイスとして、ひとことお願いします。
中塚
さきほどの話にも通じるのですが、建築デザイナーにはぜひ何でもお話してください。お施主様とのお話の中には、いろんなヒントが隠れています。建築デザイナーはそれを元にイメージを膨らませて図面を描いていきますので、どうぞご遠慮なく、たくさん夢を語ってください。

インタビュアー菊地からひとこと

とっても真面目で、いつもで温和な中塚先生ですが、建築とサッカーを語らせると、話が尽きない『情熱の人』という側面も。
注文住宅の設計はもちろんのこと、その人なつこい笑顔でお施主様に夢や理想を「語らせる」プロだったりもします。
注文住宅を検討しているけれど、どんな家にしたいのか?がまだ見えていない方も、中塚先生にかかると、一歩前に進めるかもしれません。
芦屋・西宮・神戸で注文住宅をお考えの方、まずはお気軽にお問い合わせください。

中塚博之の建築事例

潮﨑しづか
インタビュアー:取締役 菊地弘樹

建築デザイナーになろうと思ったきっかけ

菊地
建築デザイナーになろうと思ったきっかけは何ですか?
潮﨑
小学生のころから、自分の部屋が欲しかったんです。その自分の部屋を作るためには、自分の家がいるという流れで、自分の家を建てたい、思いがありました。
菊地
ずいぶんしっかりした小学生ですね。
潮﨑
5人家族で団地住まいだったので、家が手狭だったんですよ。自分の部屋を持てたのは、高校1年生になってからでした。
菊地
兄妹と一緒のお部屋だったのですね?
潮﨑
そうなんです。だから、とにかく部屋がほしい!ということで、新聞折り込みのチラシを見ながら、自分ならこの部屋がいいな、とかもっとこうするのにな、とか考えていました。
菊地
小学生の頃からプランニングしてたのですね?(笑)
潮﨑
見よう見まねでやってました。そういうシミュレーションみたいなことが好きでしたね。だから建築をはじめてからも、ずっと住宅なんです。店舗やオフィスではなく、とにかく注文住宅をやりたいという感じですね。 
菊地
それで、建築系の学校に進まれたのですか?
潮﨑
いえ、そうでもないのです。高校を卒業した後、液晶テレビの研究所で3年間アシスタンントとして働いて、学費を貯めてから、建築の専門学校へ進みました。
菊地
専門学校の学校の卒業後は、マンションの設計に携わってらっしゃった、と以前にお聞きしましたね?
潮﨑
そうなんです。専門学校時代にアルバイトをしていた設計事務所に、そのまま就職したのですが、そこがマンションばかりやっているところでした。
菊地
そして独立という流れなんですね。
潮﨑
30歳で独立しようって決めてたんですよ。
菊地
幼いころから、思いと計画を持って活動されてるんですね。小学生の時に建築を志して、高校を卒業したら学費を貯めて建築の学校に通い、30歳になったら独立する、という有言実行の人ですね。

心掛けてることはなんですか?

菊地
注文住宅の設計において、先生が心がけていらっしゃるのは、どんなことですか?
潮﨑
女性の建築家に依頼するお施主様には、何かの意図や思いがおありだと思うので、その部分の聞き取りは意識的に行っていますね。
菊地
大事ですよね。何というか・・細やかさとか柔らかさというか。特に、注文住宅の場合、間取りが決まってからのプロセスは、奥様の目線に合わせて進めますから、女性ならではの視点が活きる部分が多々ありますよね。
潮﨑
そうなんです。どのお客様とも、できるだけ会話をいっぱいして、雑談の中からその方のパーソナリティを感じ取って、設計に活かすようにしています。

注文住宅を検討している人へのアドバイス

菊地
これから注文住宅を建てられる方に、何かアドバイスをするとしたら?
潮﨑
打ち合わせの時に思ったことは、ぜひすべて伝えて下さい。あとになってから『実はちょっと…』という状況になるよりは、たとえ前回の打合せと全く別の方向であってもいいので、思ったタイミングでご要望を伝えていただきたいです。

インタビュアー菊地からひとこと

有言実行で、何ごとにもきちんと計画を立てて取り組む潮﨑先生。
さっぱりとした性格で、どんなに忙しい時でも明るい笑顔で真摯に応えてくれる、とっても頼りになる建築デザイナーです。
設計にはコミュニケーションが大切、という信条のもと、お施主様との打ち合わせは毎回とてもリラックスしたムードで進みます。
芦屋・西宮・神戸で、奥様の視点によりそった、暮らしやすい導線の注文住宅をお考えなら、まずはお気軽にお問い合わせください。

潮﨑しづかの建築事例

古田義弘
インタビュアー:取締役 菊地弘樹

建築デザイナーになろうと思ったきっかけ

菊地
建築デザイナーになろうと思ったきっかけは何ですか?
古田
小さい頃から絵を描くことが好きでね。でも、とても絵描きにはなれないなと・・・。 だから、建築家になったということではないけれど、ものづくりは好きだったので。
菊地
私も同じです。小学校の頃からスポーツも勉強も、クラスで一番、学年で一番にはなれなかったのですが、絵だけは1番になれたんです! たまたま個性があったんでしょうか。高校に入る時、絵では食べていけない・・・ということで、絵に通じるものがある建築の道に進みました。
古田
同じですね。小さい頃から絵は習っていてね。本格的に油絵をしていたわけではないのですが、中学校くらいまではよく描いてましたね。 それからはものをつくったり、大工さんのような仕事をしたり・・・実際に手を動かすことがすごく好きでした。
菊地
最初は工務店に入られたのですか?
古田
大学を出てからは先輩の設計事務所に勤めました。ちょうど一回りくらい上の人でしたね。
菊地
その頃なら、結構現場にべったり入っている感じですよね。現場の事や細かい収まりなどを覚えながら、図面も書きながら。
古田
まるで事務所に住んでいるようでした(笑)昭和45年くらいでしたが、とにかく終電まで事務所で仕事をしていましたし、よく近くでご飯も食べていましたね。

心に残っている建築

古田
もともと芦屋に住んでいたのですが、山邑邸ってありますよね。あの前を通って小学校へ通っていて、当時は山邑邸がどんなものなのかもちろん知りませんでしたが、 「なんだかおもしろい家だなぁ」と思いながら見ていました。中学校くらいになると廃墟になり、誰でも入れるようになっていました。
菊地
半分遊び場だったんですね。
古田
そんな時代もありました。私が大学を出る頃には、山邑邸を潰してマンションを建てる計画が出たのですが、 谷川先生( =谷川正巳氏 フランクロイドライト研究者 )がその反対運動を起こし、それが功を奏して市も国も文化財として認めて改修され、今の状態で残っていると。 ずっとその経緯を見てきたんです。それがきっかけだったかどうかは分かりませんが、とても興味を惹く物ではありました。
自宅周辺には「名建築」が比較的多くありましたね。中学生の頃には清家さん( 清家清氏 )の「 棟持柱のある家 」が建てられ、 今でも出来上がった時のままお住まいなのですが、建設中から住まわれている状態まで、ずっと見ていたんです。 ガラス張りの外観で、とてもおもしろいと、興味が沸いたのを覚えています。
ライトの弟子である遠藤新氏が設計した、1000坪ほどの立派な家に友人が住んでいて、そこによく入り浸ってもいました。 ライト風のスタイルの家で、今思えばなかなかできない良い経験をしていたな、と感じますね。 震災後になくなってしまいましたが、遠藤新氏の作品の中では隠れた名建築だったんです。
どの建築物も、後になって、偉大な建築物であることを知りましたが、身近にそういった建物があったので、建築に対する感情が刺激されていたのかもしれませんね。
菊地
先生ご自身はライトがお好きですか?私の時代は学校で習っていたので、ライトを身近に感じていましたが。
古田
そうですね。私の学生時代、まだライトはほんの10年程前迄現役だったのでそんなに一般的にもてはやされていなかったように思いますが、身近にライトに関係する作品があったのでそう感じるのかもしれません。
菊地
先生のお好きな建物はどうですか?
古田
日本の建築で言うと、村野藤吾氏の建築物は安心感があります。彼は芸術家ですから、ふたつとして同じものをつくりません。どれをとっても繊細さと緻密さ、そんなところが好きです。
菊地
先生は住宅だけでなくいろいろなものを設計されているかと思うのですが、昔から住宅以外もされているのですか?ホームページで「住宅建築は、住み手が夢を大きく膨らませることを提供できる楽しい仕事」と描かれているのを拝見したのですが。
古田
言われれば何でもつくります!もともと住宅が好きで、住宅に携わる機会が多いのではないかと思い、阪神間で設計事務所を始めたのです。
菊地
最近では住宅以外に、弊社が携わっているグループホームの設計もして頂いていますが、それも住宅のひとつと言えますよね。人がずっと住み続ける場所であり、沢山の人が集う共同の場所もあり、私自身も「住宅」として興味を抱いています。
古田
私の母もグループホームで生活を始めたのですが、名前の通り、グループで生活をしているんです。リビングのあり方や空間の扱い方というものは、注意してみていると、人によって心地よさの感じ方は違うようです。

心掛けている事

古田
当たり前の話ですが、いかに住まわれる方の生活を理解できるか、ということに気をつけています。1件ずつ全部違いますから。
菊地
何を優先されるのか、そのご家庭によってまったく違いますよね。今は情報が溢れているので、最初は皆さん同じようなことを仰いますが、よくよくお話を伺ってみると、「本当はこう思っているんだな」とか、見えてきますね。

これからおうちを立てる方へのアドバイス

古田
今の生活パターンを、できるだけ見せて頂きたいです。そこから先は、徹底的にご希望を言っていただき、その中から取捨選択をしていきましょう。私はできるだけ頭を真っ白にして、お話を伺います!

インタビュアーよりひとこと

先生と一緒にお仕事をさせて頂くにあたり、知識と経験の多さにいつも感服させられます。「建築ってなんだろう・・・?」と考えさせられることもあり、 人間的に温和で落ち着きがあり、私自身も癒されることすらあります。温かい人柄から、本当にお客様のことを思って対応してくださる、そんな先生です。

古田義弘の建築事例

上嶋さとみ
インタビュアー:取締役 菊地弘樹

建築デザイナーになろうと思ったきっかけ

菊地
建築デザイナーになろうと思ったきっかけは何ですか?
上嶋
幼い頃から、新聞折り込みのチラシの間取りを見たり、天井を見上げては、家の造りを考えていました。それがきっかけでその後、美術系の大学でインテリアを学ぶ中で、近代建築の巨匠 ル・コルビュジエの『小さな家』という本に出会い、感銘を受けました。スイスのレマン湖のほとりに建つその「小さな家」は、ル・コルビュジエが母親のために設計した家なので、かつて北欧やフランスを旅した際に、体感することができてとても勉強になりました。
菊地
折り込みチラシから、ル・コルビュジエを経て建築へ、という流れなんですね。
上嶋
そうですね。建築の中でも特に『住宅』に関わりたくて、設計事務所で修業を積みました。また大手建築会社の現場事務所に設計者として常駐していた事もあります。今にして思えば、20代の頃にそういった現場での実務を経験しておいて良かったと思っています。
菊地
設計だけではなく、その後のプロセスに立ち会える現場での実務経験が、建築デザイナーとしての上嶋先生のふところの広さにつながっているのですね。

心に残っている建築

菊地
ということは、心に残っている建築といえば、やっぱり先ほどのル・コルビュジエの『小さな家』でしょうか?
上嶋
そうですね。住む人にとって機能的で、ロケーションも素晴らしく、インテリア的にも建築的にも、すべてが凝縮されてる感じですね。あとは、両親が住んでいた田舎の古民家も、私の原風景の一つです。
菊地
古民家ですか。どういった部分に魅力を感じますか?
上嶋
先人達が大木を切り出し、工夫や苦労を重ねて造ってきた歴史を感じられるところが、古民家の魅力ですね。木がそこに住まう家族や時の流れを見守ってきた、という感じが大好きなんです。
菊地
なんだか・・詩人ですね!確かに古民家には独特の味がありますよね。
上嶋
詩人というより熱い想いがあるだけです。文豪谷崎潤一郎の書いた『陰翳礼讃』の日本的な感性も大切にしたいと考えています。何でもとにかく明るくするのではなく、光と影を効果的に使い分けることを意識していますね。

得意とする建築

菊地
先生が普段のお仕事の中で、得意にされているのはどんな建築ですか?
上嶋
ひとことで言うと、『耐震性とロケーションを重視したシンプルな住宅』ということになります。ただ、それを押し付けるのではなく、プロのデザイナーとしてお施主様のご要望をしっかりヒアリングをして、お好みに合った注文住宅を提案するよう心がけています。
菊地
やっぱり押し付けになってはいけませんからね。ヒアリングを通じて、その方の想いを引き出して、少し自分のテイストも入れて、という感じでしょうか。

心掛けている事

菊地
注文住宅の設計において、先生が心がけていらっしゃるのは、どんなことですか?
上嶋
耐震性や機能性を確保した上で、デザインとのバランスをとって永く住み続けていける家を、ご提案するように心掛けています。注文住宅を建てる事になった経緯やご家族の夢を伺うのは勿論のこと、雑談しながらも好みや生活スタイルを聞き出すことができますので、そう言ったヒアリングの時間を大切に考えています。
菊地
たしかに、先生のヒアリングに同席させていただくと、いっぱいお施主様とお話して、たくさんのコミュニケーションを通じて、お施主様の情報を引き出してらっしゃいますよね。きっとそれが、先生の設計された家に通じる、暮らしやすさのカギなんですね。

注文住宅を検討している人へのアドバイス

菊地
未来のお施主様に、注文住宅についてアドバイスをするとしたら、いかがでしょうか?
上嶋
家造りは、一人でできる物では無くいろんな人が関わって、皆で造り上げていく大切な物だと思います。ご家族のライフスタイルコンセプト=夢を大切に持ち続けて頂き『 家族の歴史(ストーリー)を繋げていく世界に一つの住まい 』を楽しく一緒に造り上げていきましょう!そして、ご家族の歴史の一編:建築に関わらせて頂く者として永いお付き合いをさせて頂きたいと思っています。

インタビュアー菊地からひとこと

明るいムードで和気あいあいとした打ち合わせが、上嶋先生の特徴。
とってもソフトな語り口調の中に、建築に対する熱い思いがあふれています。
それでいて、いつも相手の人の立場に寄り添ってお話を進めていく姿勢が、多くのお施主様から好評をいただいています。
ちなみにこの日も、インタビュー用の資料をきちんとご用意いただきました。
建築デザイナーとの直接のコミュニケーションを通じて、創りだされる理想の家。
芦屋・西宮・神戸で注文住宅をお考えの方、まずはお気軽にお問い合わせください。

上嶋さとみの建築事例

理想の暮らし、お聞かせください。

お客様の“幸せ”と“健康的な暮らし”を実現すべくオンリーワンの家づくりをご提案させていただきます。

お電話でのご連絡

0797-21-3313

営業時間:午前9時~午後6時

メールフォームからのご連絡